会社なんて、早いとこ辞めたもん勝ち

会社なんて、早いとこ辞めたもん勝ちです。前から思ってますけど、最近特にそう思います。会社に長く居ると、目の前の仕事をこなすことが何か重大な責務のように思えてくる。周りの同僚や、上司、他の部署の人など、それなりに仕事ができそうな人が、一生懸命困難な課題に取り組んでいると、やはり仕事って人の人生にとって大切なことなんだなって思えてくる。

そんな中で、会社を辞めるなんてのは、ただ目の前の嫌なことから逃げているだけの弱虫の仕業のように感じます。仕事を辞めて自由になっても、人として大切な何か、成長の機会や社会貢献の場を失ったんじゃないかと思ってしまいます。普通に漫然と考えているとね。

でも、基本的で非常に重大なことで確認しなければいけないことは、会社とは従業員から搾取をする場所なんだってことです。会社の仕事でやりがいを感じたり、社会への重大な貢献をしたりしていても、それが本当の感情だったり、本当の重大な責務であったりしても、それは会社と言う搾取の仕組みの中で行われていることです。搾取と言う意味は、その人の仕事が正当に評価されていないと言うこと。仕事の評価とはお金です。

給料制のサラリーマンの報酬には限界があります。たとえ年俸制でもたいしてかわりません。会社が赤字でも一定の給料は支払われるから、それほど搾取されている訳ではないと言う人もいるでしょう。でも問題は、会社は構造的に搾取の仕組みを備えていると言うことです。労働者が会社に提供しているのは、売上や利益だけじゃなく、自分が感じるやりがいや達成感、社会貢献している満足感など感情的な面や、仕事にかける時間、指揮系統への服従など、人生のすべてと言ってもいいほどです。会社はそれらを全てお金に変換して、利益に変えます。従業員に支払われる給料は利益を除いて、その残った分と言うわけではありません。生かさず殺さず、現代日本でそこそこ生活できるお金の分が渡されます。企業の大小、業種の差はあっても隣の人より、ちょっといい暮らしができるかどうかの違いでしかありません。

この仕組みが奴隷そのものですよね。車にガソリンを入れるのと、従業員に給料を支払うのは同じ意味です。その車が重要な商談に使われて利益に貢献していても、ガソリンを2倍入れることはないですからね。従業員に求められるのは壊れずに世間並みの仕事をすることです。世間並とは勤務時間内でちゃんと働くと言う意味ではなく、人生のすべてを会社に捧げる働き方をすると言う意味です。

だからと言って、すべてのサラリーマンがいますぐ会社を辞めた方がいいかと言うと、そういう訳でもありません。単純に明日から収入がなくなりますからね。誰もが起業したり、商売ができるわけでもないです。今サラリーマンの人を退職に煽るつもりはないです。でも、だからこと「サラリーマンを辞めることができる状態」と言うのは「勝ち」と言える状態です。それが無職になろうが、自営業で成功して大金持ちになろうが同じです。節約生活でつつましい生活をしていても、遺産が入って遊んで暮らすことになっても同じです。誰からも搾取されていない、その状態が勝ちです。勝ちと言うより、プラマイ0になったと言う方が正しいかも知れません。誰からも搾取されないなんて、人として当たり前で普通の状態なんじゃないでしょうか。奴隷制度って、大昔になくなっていますよ。

会社と言うのは、早く辞めたもん勝ちです。誰しも社会人なりたてでは、収入を得る手段がないから会社に入るのはある意味仕方ないです。会社と言うのは「お金を搾り取られながらも、お金を貯めて勉強する場所」なんだと思います。会社の仕事でやりがいを感じることがあっても、そこそこ能力のある人が、そこにそのまま居続けるのはあまりに純情過ぎます。搾取される側から、搾取しない側、またはもちろん搾取する側へ移って行くのが、正しルートなんじゃないでしょうか。

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