会社を辞めました。去年の11月、早期退職に応募して、会社の要望に沿って最終出社日を何度も延長してきましたが、昨日がとうとう最後の出社日でした。最終日は机の整理をしたり、PCの整理をしたり、特に何もしてませんでしたね。4月からは、また大変な計画が実施されるそうです。大変とは、大きく変なって意味でね。その手の仕事をしなくて良くなるのは、本当に良かったなと。辞めるにあたって、仕事を区切って1個づつ、終わらせていくのは楽しいものですね。書類、データ、物、人への連絡、こういうものが全部整理されていくのは、割と達成感があって楽しいです。でもそれが命令されてやってると嫌だと思いますけどね。
離職票へは同意のサインをしました。ちゃんと会社都合での早期退職と書いてありました。この離職票は即お金に繋がるから、すごく大事ですね。最後は社員証、保険証、携帯、カギなどを返して、個別に挨拶して終わりです。円満退職を心がけていたので、最後までトラブルなく終わる事ができて良かったです。
会社を出るときは、若干センチメンタルな感情になりましたね。そういう感情になったのがちょっと不思議でした。あれだけ嫌だ嫌だと言ってた会社なのに、やめる段になるとそんな風に感じるんだなと。これは卒業式で意味もなく悲しくなるのに近いのかもしれません。人には所属欲求と言うものがあって、それが一時的に突然満たされなくなると言うのが卒業式の悲しさの原因なんじゃないでしょうか。それと同じようなことが退職の場面でも起きます。会社と喧嘩別れしたわけじゃないので、嫌だ嫌だと言っていた会社でも、いざ去るとなると感傷的になってしまうのでしょう。
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でも、だからと言って会社を続けた方が良かったのかと言えば、やはりそうではない。会社の決める無謀な計画や、それを強引に進めるやり方。休日出勤や時間外勤務と言う意味ではなく、自分の人生の全ての時間、会社を最優先にしないと仕事が回らないような働き方。そういう仕事を続けていくのは、やっぱりやめた方がいい。今の会社が特別悪質だとは思いません。日本の会社全体に蔓延している、旧日本軍のような組織運営のまずさ。そういったまずい組織運営の下で働くと言うことは、人生を無駄にしていると言うだけでなく、最悪心や体を壊してしまいます。一時的に感傷的な気分になっても、冷静に考えるとこういう仕事は続けなくて良かったんだと今は思います。
感傷的な気持ちと同時に、一方ではワクワクした感情もありますね。それは夏休み前の子供と同じです。今から何をしても自由だぞと。あの感情と同じです。平日に何でもできるし、どこへでも行けます。宅急便の受け取りも土日に回す必要はありません。日曜の夜に憂鬱になることもないでしょう。雨の日は出かけなければいいし、2度寝は何度もできるし、そもそも起きる必要すらない。本当に自由ですよね。でも、これも夏休み中の子供と同じように、何もすることがなくて退屈だと言う状態になるのでしょうね。そこは暇な大学生に近いかもしれない。寝過ぎで頭が痛くなるみたいな。
人間は動物で、必ず休憩が必要です。動き続けると死んでしまいます。同時に人間は高等生物で、脳でいろんなことを考えるので、何もしないと言う状態にはそう長く耐えられません。だから、1日8時間働いて、8時間休んで、8時間寝る。週に5日働いて2日休む。年に数回、数週間の休みがある。こういうシステムはかなり合理的じゃないかと思います。でも大事なことは、休む時間は増やしても働く時間は増やしてはいけないと言うことです。人間は動物なのでね。重大クレームで顧客の信頼を失うことや、重要案件の工事が遅れることより、自分の休憩や、ご飯食って寝ることの方が大事です。
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会社を辞めた今、思ったより解放感はないですね。センチメンタルな感情と、辞めて本当に良かったのかと言う不安と、ちょっとした高揚感。いろんな感情が入り混じっていて、複雑です。帰り道の桜がきれいでした。明日入社する人もいるんですよね。無職になった記念に、月曜日は花見にでも行こうかな。