若者がビールを飲まなくなっているそうです。
“若者のビール離れ”、原因は値段ではない(PRESIDENT Online)
若者がビールに魅力を感じなくなったことはある意味必然で、ウイスキーやチューハイは人気が再燃していることを考えれば、本質的には飲酒人口の減少ではなく単なるビール離れが起こっていると言えるだろう。
ビールっておいしいですよね。甘くなくて苦みがあって、ゴクゴク飲めて、シュワッとしてて。お茶じゃ刺激が物足りないし、コーヒーには爽快感がないし。他に代わるものがないですね。
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「若者の~離れ」って言葉、最近よく聞きますね。単に若者に対する売り上げが減少したって意味だけじゃなく、何か批判めいたものを感じます。「最近の若者は~」に近いような。こういうのは、社会の中心のサラリーマン村の中高年男性が最近村に入ったばかりの若者に対するやっかみと拒絶の感情に近いものがあると思います。若者に対する嫉妬と羨望。異端者に対する排除とカリスマ化の感情のような。
若者がビールを飲まなくなったのは、ビールの人気が落ちたと言うより嗜好が多様化したせいだと思いますね。他の若者の~離れ、車離れとか、テレビ離れとかは、車やテレビそのものの質が落ちてきたと言うより、他に興味のあるものに移っていったからなのでしょう。嗜好が多様化したことで他のことにお金を使うようになったのだと思います。これもインターネットの力は大きいですよね。個人がいろんなことを知れるようになった。個人が発信できるようにもなった。そのために趣味や嗜好、考え方や、政治思想まで多様化が進んでます。昔の「巨人、大鵬、卵焼き」のような画一した、ある意味安心できる大衆の定番ものと言うのがなくなってきていますね。
嗜好の多様化とは、業界間の興隆の変遷。市場の拡大と縮小が、別の業界間で起こっている状態です。ビールのライバルは酎ハイではなく、インスタグラムなのかもしれない。飲み会よりネットで発信したい人が増えているのかもしれない。嗜好の多様化は止められません。いったん情報を得た人は、知らない状態には戻れません。日本の人口が減少する中、嗜好が多様化しそれぞれの市場も縮小していく。大衆の定番ものを扱う企業は少し方向性を変えた方がいいのかもしれない。
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電機業界が斜陽化したような現象が他の業界でも起きるのではないかとちょっと懸念します。日本の経営者にそんな戦略の方向性を変えるような柔軟な対応ができるのでしょうか。失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)で指摘されている同じ失敗を、現代の経営者はしてますよね。何も変わっていない。一度決めた馬鹿げた目標に過剰に固執して数字合わせに腐心する。それができた人が出世していきますからね。
でもこの「若者の~離れ」と言う言葉、こういった煽るような言葉のために、こんなブログでも取り上げられて言葉が拡散していくのは、この言葉を作ったマスコミの勝利かも知れません。心配するほどのことはないのかも。企業側はちゃんと対策を取っているかもしれませんしね。