早期退職で無職になって3か月 ~日本の会社は新興宗教のよう~

早期退職で会社を辞めて、無職になって3か月が経ちました。

3か月と言うのは、一つの区切りのような気がします。

会社に行かないと言うのが、もう普通の生活です。

日々のルーティーンも決まってきました。

午前中は投資関係の作業、午後は昼寝、そして図書館か喫茶店で勉強。夕食作って、Amazon Primeで何か見て1日終了です。

問題があるとすれば、昼寝ですね。ちょっと長すぎる。昼間寝過ぎて、夜寝られない子供のような生活になってしまってます。

ここは改善しないといけないな。

お金は大丈夫か

今は、失業給付金が入ってるので、資産はまだ減ってません。だからまだお金の不安と言うのは感じてないですね。

でも来年はどうかな。このまま無収入が続けば、いずれ資産を取り崩すような生活になります。

それまでには何か収入の当てが欲しいです。

毎日やることがなくて退屈じゃないのか

毎日、忙しくはないですけど、退屈で死にそうと言うわけでもないです。

やろうと思ってた部屋の片づけや、掃除はまだ全然終わってません。

たとえそれが全部終わっても、勉強することなど見つけようと思えばいくらでも見つけられるので、やることがなくて退屈と言う状態にはならないんじゃないかと思います。

世間体は気にならないか

誰とも喋らないから、気にする世間体と言うものがないですね。

昼間にスーパーに行ったからと言って、誰かに「何してるんですか?仕事は?」と聞かれるわけじゃないですから。

マンション暮らしだと、近所付き合いもゼロなので人の目を気にすることがありません。

たまに会社の人と、スーパーでばったり会うこともありますが、特に何も感じません。

私が鈍感なだけかも知れませんが。

「どっか就職した?」とか聞かれますが、就職と言う字面が異次元の文字のように感じます。

せっかく監獄から脱走したのに、誰がもう一度戻ったりするのでしょうか

不安はないのか

サラリーマンを辞めた今、もし問題が起きるとしたらお金のことだと思います。

お金が足りなくなるか、資産が減っていく不安感でいっぱいになるか。

お金を稼ぐと言う意味では、サラリーマンの数百万円の収入は大きいです。

それを考えると、多少の不満はありながらも働き続けると言うのも一つの手だったかもしれません。

無職になって収入がなくなった今、改めて思うのはサラリーマンと言うのはお金を稼ぐ手段だったってことです。

あまりに当たり前のことですが、サラリーマン時代は分かっているようで分かっていなかった。

私は、サラリーマンとしての仕事や、社内の人間関係にお金以外のものを求めていたと思います。

生きがいや、やりがい、理不尽さの中で頑張ってる自分、無理な目標を何とか帳尻を合わせて達成する姿、そういうもの。働いてないからと言って、こういった頑張る姿と言うものを斜に構えて馬鹿にしようと言う気はないです。仕事を通じて生きがいを得られるのは、おそらく理想の働く姿だと思います。

でも、そうでない場合、自分に合わない仕事だと感じたり、単純作業で面白みのない仕事だと思うなら、単純にお金のための労働なんだと割り切ればいい。上司の叱咤激励も、達成すべき目標も、素知らぬ顔で言われたことだけをやればいいです。

しかし大半のサラリーマンはそこまで割り切れない。本当はお金のために働いてるのに、お金のためだけではないと言う「演技」をしなければならない。会社もそういう働く姿を求め、従業員側も自分の仕事を意味のあるものと取り繕うために「演技」に協力する。

会社での仕事に、お金を稼ぐこと以上の精神的な意味を求めると「耐えてる自分」を演じなければならない。ほとんどの場合、目標は達成できてないし、部署や自分のあるべき姿とは程遠いですからね。できないながらも頑張っている姿を示さないと、自分自身でも意味のある人生だとは思えなくなってくる。

演技はいずれ本当のことになります。自分に嘘はつけないですからね。楽にできているなら、楽にできないように自分を仕向けます。

会社が個人にとって、単にお金を稼ぐ場所でなく苦痛を与える場所となってしまっているのは、誰もが等しく全員参加で成長をしなければならない修行の場となっているからでしょう。ほとんど新興宗教です。劣悪な労働環境や、鬱屈した人間関係の中でも「毎日充実しています」「日々成長を感じられます」と唱えなければならない脅迫観念に駆られるのは、個人の財産をお布施として全て供出させ、働かせ洗脳する新興宗教と同じです。

お金が欲しければ働けばいい、質素に暮らすなら働かない。ただそれだけのことです。

あまり仕事に生きる意味を求めてはいけない。

サラリーマンの仕事のやりがいなんて、アイスの当たりくじのようなものです。

当たればラッキー、ハズレを引くのは当たり前。

そんな運不運に自分の人生を預けるのはリスクが大きすぎますね。

仕事の中に人生があるのではなく、仕事が人生の一部でしかないと思えるようになってきた。あるいは仕事の価値が下がって、お金の価値が上がってきた。今はそんなふうに感じます。だから、仕事をしてなくても大して不安は感じないですね。